お母さん、ぼくが生まれてごめんなさい

ごめんなさいね、おかあさん
ごめんなさいね、おかあさん
ぼくが生まれて、ごめんなさい
ぼくを背負うかあさんの
細いうなじにぼくはいう
ぼくさえ生まれなかったら
かあさんのしらがもなかったろうね
大きくなったこのぼくを
背負って歩く悲しさも
『かたわな子だね』とふりかえる
つめたい視線に泣くことも
ぼくさえ生まれなかったら
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この詩は重度の脳性マヒ障害を持った
やっちゃんこと山田康文君という奈良県に住んでいた少年が
書いた詩です。昭和のその頃、障碍者への偏見と差別は
今よりもっとありました。
それでもお母さんは、中学生になっても動かす事のできない不自由な少年の体を毎日車いすを押し、時には背負って養護学校に母子入学し、通学しました。
母親の亜希子さんは向野先生が書きとめてくれたやっちゃんの詩を読んで一人涙しました。
そして、その感謝の気持ちを短い詩の形で息子に返しました。
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お母さんから息子へ
わたしの息子よ、ゆるしてね
わたしの息子よ、ゆるしてね
このかあさんを、ゆるしておくれ
お前が脳性マヒと知ったとき
ああごめんなさいと泣きました
いっぱい、いっぱい、泣きました
いつまでたっても、歩けない
お前を背負って、歩くとき
肩にくいこむ重さより
「歩きたかろうね」と母心
歩きたかろう、
いえ一度でも
歩かせてやりたいと願う時
“重くはない”と聞いている
あなたの心がせつなくて
わたしの息子よ、ありがとう
ありがとう、息子よ
あなたのすがたを見守って
お母さんは生きていく
悲しいまでのがんばりと
人をいたわるほほえみの
その笑顔で生きている
脳性マヒのわが息子
そこにあなたがいるかぎり。
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このお母さんの心を受け止めるようにして、
やっちゃんは、後半の詩を作ります。
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ありがとう、おかあさん
ありがとう、おかあさん
おかあさんがいるかぎり
ぼくは生きていくのです
脳性マヒを生きていく
やさしさこそが大切で
悲しさこそが美しい
そんな人の生き方を
教えてくれたおかあさん。
おかあさん
あなたがそこにいるかぎり
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この詩を残してやっちゃんが、二ヶ月もたたずして亡くなりました。
誰にあやまる必要のない「いのちの誕生」のはずですが、
過酷過ぎる十五年の暮らし。
「ぼくが生まれてごめんなさい」と言わずにいられなかったのでしょう。
私は昨年、この詩を東京正心館で中村益巳講師の朗読で知りました。
中村講師は涙をためながらも最後まで朗読しました。
私なら嗚咽して最後まで読み切れません。
母子がどんな思いで生活していたのかに思いを致す時、
理屈なしで感動します。強く生きてくれて有り難う。
向野幾世著「お母さん、ぼくが生まれてごめんなさい」より抜粋。